yurio’s diary

日々の気づいたことをのせています。

ピアノの発表会で魔法

ピアノの演奏会であった。

 
わたしはソロアーチストとして、2時間のコンサートホールで計20曲の往年のヒット曲を弾き、満員の会場でギャラリーを打ち震えさせ、満身創痍の身体でもってアンコール、マンホール、カーテンコール等に応える代わりに、
 
会場へ行くと受付で名前を聞かれ、6千円ほどの参加費用を支払うようにと言われた。
そして20人程の会場において、10分ほどの発表を震えながら行った。手も足も歯も歯ぐきも頭も心も震えていた。おかげでわたしという存在全体にバイブレーションが巻き起こっていた。
 
 
…舞台。そう、それは、家で弾いている時とそう変わるはずはないのに。
 
私の前にはピアノがあり、黒い板と白い板が横たわる。お尻には椅子、後ろには壁、空には太陽と雲がある。
 
それなのに…
 
どうして人前というだけで
手足よ そに震えることぞ
 
古来から、このような現象と人類は戦ってきた。
人をかぼちゃに変える禁断の魔法や、手のひらを用いた黒魔術的な暗示法を開発し、後世にたゆまず伝えてきた。
目に映る世界をいくらか快くしようと、人は創意工夫をしてきたのである。
 
わたしは人前で黒魔術も魔法もたしなまない堅実派なので、人人人と書いた手のひらを飲み込むイメージを50回ほど繰り返すだけですませた。おかげで無料で環境も汚したりする心配も無用だ。
 
ピアノの先生によれば、
演奏が終わったときに、
「あ、私なにしていたのかしらちゃんと弾いていたかしら!」
といった状態は望ましくなく、また、日頃虐げられている中流下級市民である私が人前で演奏をできるという極めて貴重な機会を前にして、あまりに勿体ないというわけである。
 
先生の顔は輝いていた。
ピアノも輝いていた。
 
目指すはのだめ(野田恵)である。
のだめは猫背であるからその点は磐石だ。
 
 
目の端に映るギャラリーなぞに囚われない。ここは自分の部屋で、目の前にすばらしいピアノがある。 ただそれだけが私の世界である。
 
わたしは弾いた。
 
自慢ではないが練習でも1度も間違えずに弾けたことはない。
また、自慢ではないが
楽譜は読めない。ので暗譜である。
 
わたしは手ぶらで客席と舞台との間にある、目に見えないフラットな境界をくぐり抜けると、
弾いた。
 
飛び立っていく紅の飛行機と、それを見上げるジーナを想って弾いた。
 
目の端に男児が見えた。
男児といっても多分高校生くらいである。
男児は落ち付きがなく、体を前後に揺さぶってみたり、下を向いたりしていた。
 
私はその男児のために弾いた。
落ちつきのない男児の人生のために弾いた。
 
 
結果として、とてもよく弾けた。
わたしすばらしかった。