yurio’s diary

日々の気づいたことをのせています。

平日夕方用事かあるのに電車が動かないときの過ごし方

平日夕方もしくは夜、さあ帰ろう今帰ろう帰ろうドヤァと駅に着いたとき、

感じる不穏の空気。
人がざわつき改札口周辺には吐き出された人だまり。
 
そして見えてくる、運転見合わせの手書きで書かれた赤い文字。戦慄。
アナウンスが流れ、オメェらしばらくうごがねぇがらな、と言い、人々のこの先2時間くらいの運命を告げる。
 
人々はうめき、たじろぎ、のたうち回った。のたうち回る人々の大量発生により、駅は突如として、陸に打ち上げられた大型魚の群れで覆い尽くされんばかりといった様子であった。
 
しかし人々は見たいテレビがあったのにとか、ビールを今すぐ飲みたいのにとかそんなことは言わず、大人しくのたうち回っていた。
 
対してわたしはこの日用事があった。
仕事帰りに電車に飛び乗りあずさ二号で時の彼方に行きたいというわけではなかったが、大変楽しみにしていた用事であった。
平日夕方仕事帰り。定時で帰れた夕方には、熱い風呂で半身浴、のぼせて真っ赤なタコになって水揚げされ、末はタコとして空を舞う。そんな生活に想いを馳せながら、早く帰るがよいか、街に出て冒険を求めたら良いか、と迷うのである。
 
まして元気に電車で冒険しようと向かおうというときに、電車はウゴキマセンとこうきたもんである。
私は迷う。
なぜなら電車が止まれば、頑張って冒険しなかったことについても、自分のなかで言い訳ができそうだからである。
 
今日遅くなるかもだから!と家族に朝鼻息荒く宣言したにも拘らず定時帰宅。お父さん、どうしたの?お父さん、頭悪いの?お父さん、くびになっちゃったの?と曇りのない眼で問われたときにも、うんちょっと電車がね、じゃあ仕方ないねと無事な顛末を迎えられそうな気がする。
 
しかし私は別の路線から遠回りして目的の場所へ行くことにした。
元々行く予定だったとはいうものの、予定の電車に乗れない、駅すぱあとは役に立たないといった壁をよじのぼって乗り越えた上で後ろ振り返ってぶちこわした、達成感はなお一層素晴らしく爽やかである。
 
しかし今日も人身事故で人が死んでいるのだろうか。駅や警察の人は死体を運ぶのか。わたしにはその人の、飛び込むまでの思考に追いつけない。想像ができない幸せを、私は歩んでいる。